2010年 3月 のアーカイブ
商売繁盛の神様
山王日枝神社へ行ってきました。自分の事よりも三店舗の店長とその家族のことをイメージして参って来ました。
写真は神社境内の脇で咲いていた桜の花です。
雪が降った昨日とは打って変わっての晴れ間の下で咲き誇っていました。満開ではありませんが、上昇中の店舗にとってイメージが合致して気に入った次第です。
地下鉄博多駅ホームにて・・・
GET唐人町店へ向かうため下りの電車を待っていました。
気晴らしに携帯の端末と向き合ってソリティアをやっていたのですが、直ぐ前に並んであった親子の会話が耳に飛び込んで来ました。
父親は40代前半、お子さんは年長さんか小学1年生位だったでしょうか、男の子で、お二人ともお揃いのSBHのキャップをかぶってありました。
そのお二人が・・・
「ねえ、さっきの人は何て言ってたの?」
”Does this train stop at the next station?”
「違う違う。日本語で言って!」
「この電車は次の駅で停まりますか?って聞いてたんだよ」
そう。このお父さんは、息子さんに英語で話してあったのです。ジェスチャーまで加えて。私が電車を待つ列に加わる前に黒いコートを着た女性と男の子のお父さんが話してあったのですが、英語で話してあったんですね。
・将来メジャーリーガーになる時に英語で困らないようにするためか
・ますます進む国際化に置いて行かれないようにするためか
・拒否反応を示す前から自然に英語に慣らすためか
・武器を身につけさせて自信を持たせるためか
色々な理由が考えられますが、
とにかくこのお父さんは
・英語が話せて
・子供の教育に真剣で
・愛情豊かで
いらっしゃることが窺えました。
そうかと思えば、駅のホームや電車内で大声でしゃべったり、うろちょろ走り回っている子供に注意もせずに携帯をいじっている母親もいます。
このままで良いのかというと良くないでしょう。
国は少子化対策を考えるに当たり、付随する多くの問題の中に「どういう子供を育てて欲しいのか」「そのための親の資質はどうあるべきなのか」「それを支援・保証するためにどういう制度を準備していくのか」をもっと真剣に考えて行くべきだと思います。
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卒業式・・・
九州共立大学の卒業式に続いて『森部流人財育成情熱塾』の卒業式でした。
手作り感満点の卒業式
去年はできなかった卒業式
学生が自発的に企画した卒業式
お祝い事でありながら
お別れの会でもあり
嬉しいのに
悲しくもあったり
笑顔がくしゃくしゃ顔に変わったり・・・
不思議なものですね。
人間って良いなあ。
改めてそう思えました。
感動
感激
感涙
ありがとう。。。
感謝です。ううっ(TT)・・・・・
(^^)/。
参院選を控えて・・・
民主党が政権公約(マニフェスト)の内容を検討する会議を始めたとニュースで知りました。
マニフェストなんてカッコ良く言っても結局は標語のようなもの。守るつもりなんて無いし、守らなくても何ていうことも無い、程度にしか感じません。下手に守ってもらっても困るような内容さえありますし。
・子ども手当て支給
・高校無償化
もそんなとんでもない施策に思えます。財源は税金。その収入が激減して超赤字状態であるのに「何てことを」するのでしょうか?・・・
お金は役に立つものに使うべき。
「無駄遣いはいけないよ!」と祖母にも母親にも厳しく言われて育ってきたのですが、政治家の皆さんはそんな基本的なことも教わって来なかったかのような無責任なお金の使い方をしているようです。
差別はいけませんが、義務を与え、責任を果たしてもらうことを平等に課した上で「区別」するべきだと思います。
・いじめを繰り返す子
・ろくに登校もせずに平日の昼間から授業をサボって街中で遊んでいる子
・先生の言うことを聞かず授業を妨げる子
・喫煙等の問題行動を起こして停学処分を受ける子
の家にも同じように支給するのでしょうか?
支給したお金は役に立ちますか?
学校や教師の暴走は厳しく管理しなくてはいけませんが、教育に対する責任や価値観が乏しい家庭にまで支給する必要は無いでしょう。それだったらまだ、真剣に勉強しようとしている児童・生徒・学生の奨学金制度を額面や内容で充実させた方が良いと思います。
問題行動を繰り返す子の教育現場への健全な復帰と社会適応支援についても、保護者は当然ですが、「本人」の意欲と行動実践と結果を見ながらの成果報酬とすべきです。
「(お金貰えて)ラッキー」と笑う程度の人間にただ現金を渡しても役に立つはずがありません。
それから、馬鹿な政権公約しか作れない政治家でも「お金を持っていなければ」その職に就けない選挙制度か、政治家の報酬について改正が急がれるべきでしょう。対外的な面子など見えっ張りなところを無視して、現行の日本経済の実勢に応じたあり方に。
例えば、議院報酬を360万円〜600万円に限定したサラリーキャップ制度を導入する。この報酬を馬鹿馬鹿しいと思う能力ある方は、正当に民間企業へ就職して経済界を盛り上げる人材となってくれるでしょう。逆にこの報酬でも政治家になりたい人には、それだけの使命感と意欲を感じます。そして国民投票によって政治や経済が好転したと認められた場合には報酬を与えるようにすれば良いのではないでしょうか。
国民一人一人に番号が付され、管理される方向性が出て来たのもインターネットやデジタル化社会として様々なインフラが整備されたことによる訳です。ならば、選挙だけではなく、国策についても真に国民一人一人の意見を反映する仕組みを設けるべきです。
代議制の新しい在り方の必要性と必然性を強く感じます。
いよいよ・・・
ここまで来ましたね。
特徴、特技、強みの無い人が拾ってもらえない時代。
有名大企業で0な訳です。
堅実な緊縮財政で必死で凌いでいる地方の中小・零細企業ならば推して知るべし、でしょう。
大切なことは、こうした事態を否定的に捉えるのか、それとも肯定的に捉えて対策を立てるのか、ということです。
特徴が無ければ作れば良い。
特技が無ければ作れば良い。
強みが無ければ作れば良い。
作れなければ?・・・
「ある」ように見せれば良い。
カムフラージュ、擬態です。
自然界では「生き残る」ために普通に行われています。
演技が下手なら?・・・
練習しろよ!
「説得力ある」現在進行形であれば通用する「かも」知れません。
あくまでも「かも」のレベルですが、
無策よりは心強いのでは?
この策略を成功させるために必要なことはコミュニケーション能力に基づいた信頼関係の構築です。
自分のことをよく分かってくれている人は周りに何人いますか?ここで具体的な数字を答えて、その内容を具体的に述べられる人ならば実業の世界でも一定レベルの成功を収めることができるでしょう。
注意しても・・・
言うことを聞かないのは児童・生徒・学生だけのことではありません。
と言うのが私の考えです。
茶髪をみると具合が悪くなったり、アレルギー反応を起こす人がいるというのであれば社会的な問題ですがね。そんなことはない。
茶髪にして困るのは髪が傷んだり、頭皮が荒れたりする本人の問題ですから、好きにさせておけば良いと思います。
いずれ就職活動の時に困る事になっても自己責任の範疇でしょう。
指導者としては「そういうものなんだよ」ということさえ教えてあげれば十分だと思います。それを「確かに習いました。そのことで将来、身体的・社会的に困ることになっても不服の申し立ては致しません」と保護者と本人の署名を頂ければ完璧ですね。
そもそも介入すべきポイントや方向性を間違っています。日本全体が。
(電車の中で携帯電話をオフにしている人が何%位いるでしょうか?喫煙者のうち歩行喫煙をしない人は?大声でしゃべり捲っている人は?ヘッドフォンから音洩れさせている人は?ルール無用な悪党がやたらと目について仕方ない今日この頃です。)
校則は大切なものですが、憲法や法律、条例は当然上位概念に基づいて制定されているのに守られていない人が相当数存在します。マナー程度ならほぼ無力・・・。国のトップや社会的にそこそこ地位のある人からしてそうなのですから、先生方も指導が大変になるはずですね。
若年層の反論は「だって大人もそうじゃん!」となるのですから。全く別で無関係の事例であってもストレートに結び付いてしまうのです。ですが、それらを頭ごなしに否定していてはコミュニケーションになりません。
大人たちに出来ること、成すべきことは何か?
真剣に考えなければならない時代だと感じます。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがありますが、「教育が悪いと国が駄目になる」とは言えないでしょうか?
教育には・・・
お金も
時間も
労力も
必要です。
そして何と言っても愛情が必要。
それが無くなってしまっているように感じてなりません。
教育に専念できる環境
教育に専念できる制度
を今すぐつくらなければ日本は「沈没」します。
実際に新聞記事にあるように「昭和世代」の人たちが生徒・学生時代の時とは世の中が変わってしまっています。色々な意味で適応が必要でしょう。
・今が良ければそれで良いじゃないか
・将来のことを考えてしっかり指導して欲しい
・色々な層の中で揉まれてみたい
実在するニーズに応える環境や制度に対応していくべきだと思います。民間企業ならどこでもやっていることです。
学区制を廃止し、タイプ別の小学校・中学校を作ってみてはどうでしょう。どこかに所属しなければならない点だけは義務教育制度として残して、入試を行う。
学習塾が凌ぎを削っている理由は、現在の学校ではその先にある「受験」に対応できないからです。その意味で必要性がある。
生活指導と学習指導が一緒にできる範囲にあれば問題はありませんが、教える側、習う側の状況に並々ならぬ問題が多過ぎて授業崩壊のクラスはどんどん増えているのが現実です。
だからそれを絶つ。
小学校・中学校から公立でも受験をするということになると、親も真剣にならざるを得ないでしょう。
・基礎科目の学習に重きを置くのか
・自由な表現力に重きを置くのか
ベースにモラルやマナーがしっかりしていればさしたる問題は無いと考えます。行政的には学区制廃止による通学の便を図るスクールバスを充実させれば良いと思います。そしてそのバスには警察官を同乗させ、市民も乗れるようにするとか。
優秀な日本人を沢山育てることが最も確実な国力を上げる手法です。今の教育現場を知れば日本の弱さは一瞬に理解できるでしょう。
とすれば政治家になる前に教育実習をさせるとかも経験として積んでいただきたいですね。それも問題の多い学校から当たらせるとか。
そして、経済的な支援は最大限するという一方で、愛情を持って躾や基礎教育の出来ない人は親になるべきではないことも教えなければならないと思います。虐待が起きるのは原因があるからであって、経済的な面以外では心理的な要因や教育に対する価値観に原因があります。年齢だけが結婚の資格になっていることにも検討の余地は十分にあるのではないでしょうか。
親が責任を持ち、
学校がフォローする。
国はそれが円滑に進む制度を構築する。
悩める親や教師を支援するのは「子ども手当て」のような一時金ではありません。国は国民に対して「魚ではなく魚の取り方」を教えるべきです。その前提で「一時的な」支援金を出すのであればまだ救いはあると思います。
卒業クライシス
就職が決まらない。
卒業してもバイトしかない。
そんな時代だと言われるようになって久しいです。
確かに景気の良い話はめっきりと聞かなくなりましたが、平均的な学生たちの日常を観察していると
「そりゃそうだよ」と思わずにはいられません。
今は春休み中ですが、
学期が始まるとその理由はすぐに分かります。
遅刻が多かったり、
講義室の後の方から座ったり、
講義もろくに聞かなかったり、
おしゃべりが多かったり、
居眠りしていたり、
質問しなかったり・・・
こういった事が日常的な訳ですから。
むしろ就職が厳しいのは企業が正常だからだと思います。
遅刻が多い社員なんて要りません。
社長や上司の話を他の社員の陰に隠れて聞かない社員なんて要りません。
仕事中に無駄口を叩いたり居眠りしたりする社員なんて要りません。
業務に関する質問ができない社員なんて要りません。
当たり前でしょう。
そんなことは。
大体、「大学生の就職が厳しい」ということを騒ぎすぎですよ。騒いでいる連中に言いたい。大学の講義を聴きに行けと。
企業も法人格を与えられた生命体です。企業の世界での生存競争は、バランスシートや損益計算書など数字で客観的に判断されるごまかしの通用しない厳しいものです。それが毎年ジャッジされるのです。
そこの戦力として・・・
遅刻が多かったり、
講義室の後の方から座ったり、
講義もろくに聞かなかったり、
おしゃべりが多かったり、
居眠りしていたり、
質問しなかったり・・・
するような人間を雇用できますか?
それは無理でしょう。
就職活動は大学3年生の後期後半辺りから始まっていますが、彼らは付け焼き刃の活動を半年かそこら繰り返しているに過ぎません。
だから就職は決まらない方が正常なのです。
むしろ決まってはいけない。
就職を決めたいのであれば、
・挨拶をする
・遅刻や欠席をしない
・常に積極的に前へ出て
・上手に質問して
・お客様目線で物事を考えて
・非常事態を予測して
・報告・連絡・相談を徹底して
・数字に強くある
ことを少なくとも三年以上定着させることです。
ゼミ生にはいつもそう檄を飛ばしています。






